2014年10月15日

ぶらり、VOLVO V40 クロスカントリーT5 AWDで茨城の酒蔵を廻ってきた【後編】

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北関東自動車道を走って一気に水戸市内へ。

水戸南ICで一般道に降ります。
中心部より結構離れていますね。
県庁も県警本部も市の中心部からだいぶ離れていますね。

水戸は言わずと知れた茨城県の県都です。
徳川御三家・水戸徳川家35万石の城下町です。
ちなみにちょっとうんちく。「水戸」という地名は、この地が那珂川舟運の河港として盛えた、「水運の戸口」という意味に由来するとか。

もう一つうんちく。水戸市の中心部、かつての城下町は現在のJR常磐線を境に北側の山の手を上市(うわいち[7])、東の下町を下市(しもいち)というそうです。

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JR水戸駅から東郊外の元吉田町に『副将軍』を醸す明利酒類があります。
茨城県で最も大きな酒蔵であり、大きな工場です。

明利酒類の前身は幕末の安政年間に創業した加藤酒造店で、昭和25年に茨城県及び栃木県の酒造家の資本参加を得て設立された、醸造用アルコール・清酒・焼酎・発酵調味料等を製造する総合酒類メーカーです。茨城県及び栃木県の酒蔵が使っている醸造アルコールはほぼこの明利酒類のものだとか。またその歴史的なつながりから、茨城県だけでなく栃木県内の自醸をやめた酒蔵からの集約的醸造も行っています。

『副将軍』
明利酒類株式会社
茨城県水戸市元吉田町338
029-247-6111

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日本酒と梅酒の資料館「別春館」が工場の裏手にあり、ここで明利酒類のお酒を買うことができます。
AM9:30〜PM4:30 月曜休館

続いてJR水戸駅前を抜けて、駅東側にある本町へ。

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ここに最近都内の酒販店でも見かけるようになった『一品』を醸す吉久保酒造があります。
同社の創業は幕末の寛政二年(1790)で、それまでは米穀商を営んでいたそうですが、名水に恵まれた米どころのこの地にうまい酒を醸す蔵が無い。とそれまでの米穀商から酒造業へと転身したそうです。明治に入って酒銘を「いっぴん」に統一したとか。

『一品』
吉久保酒造株式会社
茨城県水戸市本町3-9-5
029-224-4111

次に目指すのがJR水戸駅を挟んでちょうど対角線上。上市の大工町にある『三ツ扇』を醸す瀧田酒造店です。常磐線の線路を渡って水戸駅の北側に出ます。現在は吉久保酒造のある本町よりも駅北側が市の中心部として発展しています。交通量の多い国道50号線沿いの商店街の一画に建つ瀧田酒造店は、いつもシャッターが閉まっていると有名らしいですが、道路の左側車線はバス専用レーンという事もあって、今回はスルーしました。

また次回電車で来たときにでも立ち寄ってみようかと思います。

ちなみに瀧田酒造店は江戸時代末期の文久4年(1864)に現在の水戸市金町で酒と醤油の醸造業を創業し、明治40年に現在の大工町に移転してきたそうです。

『三ツ扇』
合資会社 瀧田酒造店
茨城県水戸市大工町2-1-20
029-221-2434

これでようやくゴミゴミした水戸市内から脱出できます。
袴塚3丁目交差点から千歳橋で那珂川を渡って国道118号線をひたすら北上します。

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今さらながら、気がつきましたが。
V40のメーターパネルセンターにあるインフォメーションディスプレイには、今走っている道路の制限速度や追い越し禁止の標識が表示されているのです。
ナビのデーターとリンクしたとしても、ものすごい情報量が入っているのですね。(最近のナビは?)

さて本日最後の目的地は常陸大宮市に到着。
この町には2軒の酒蔵があります。

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常陸大宮市の中心部でこの市の前身である(旧)那珂郡大宮町は那珂川と久慈川に挟まれた立地から両水運の中継拠点として栄え、また南郷街道の宿場町としても発展しました。地名の由来は甲神社(かぶとじんじゃ)に由来します。市の玄関口でもあるJR水郡線常陸大宮駅前に広い敷地の酒蔵を構えるのが酔富銘醸です。

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創業は大正6年ですが、戦時中の企業統合令によって規模を大きくし、最盛期には9,000石、東京横浜方面まで販路があったそうです。
しかし現在は500石から1,000石ほど生産するの中堅規模の蔵に。
かつての酒蔵も3年前の東日本大震災の影響を受け半壊。
余剰な設備という事もあって酒造りには影響が無いそうですが、空き地が増えていくそうです。

『酔富』
酔富銘醸株式会社
茨城県常陸大宮市中富町965-2
0295-52-0010

次に常陸大宮市からさらに溯った山方宿へ。
JRJR水郡線山方宿駅もありますが、その名のとおり南郷街道の宿場町として栄えた町です。

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この山方宿に蔵を構える根本酒造の根本家は元々常陸国を支配した54万石の大大名佐竹氏の家老職でしたが、関ヶ原の戦いで態度を示さなかった佐竹氏が遠い秋田へと転封させられる際、根本家はこの地にとどまり帰農化して以後は代々この地域を治める大庄屋となります。

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佐竹氏の家老職時代から味噌や醤油の醸造を手がける御用商人でもあった土佐守根本義昭は、この地で家業を伸ばそうと清酒醸造へと事業拡大したそうで、根本酒造の創業としては関ヶ原の戦い後わずか3年の慶長8年(1603)となっています。

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主力銘柄は『久慈の山』でしたが、最近は都市部に打って出るための都会的な酒で新ブランド『上丸』(かみまる)を発売しました。たまたま蔵の社長が敷地内にいらっしゃったので、このお酒を勧められて購入しました。

まだ半分試験醸造販売のようで、一部地元の特約店にしか卸していないそうです。
酒蔵に訪れると、こういう発見や出会いがあるのでやめられませんね。

『久慈の山』
根本酒造株式会社
茨城県常陸大宮市山方630
0295-57-2211

本日はここまで。
日没まであと少し。

しかし今回は先に車体を撮影したので、焦る事なく、iPodの音楽に切り替えてのんびり水戸方面へと走ります。

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那珂ICから常磐自動車道で東京へ。

ナビの使い勝手は相変わらず今ひとつでしたが、長時間運転でも疲れる事なく、デザインも含めて良い車でしたよ、VOLVO V40は。

おしまい。



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