2015年04月11日

ぶらり、Audi TTクーペで埼玉の酒蔵を廻ってきた【中編】

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Audi TTで埼玉の酒蔵を廻る第2話です。
(今回は三部構成です)

実に半年ぶりの輸入車ドライブ。

Audi TTは1.8Lですが低回転域から力強く加速します。

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あり余っていなくて、まったく不足もないパワー感。エンジンをフルに回して走れる快感。それを支える完璧なまでの安定感。

本当は市街地ではなくて、山間部の大自然の中を走りたかった。

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で、次に訪れる(旧)騎西町は、戦国時代の城下町に始まり江戸期はこの地域の政治・経済の中心地として栄えた街で、現在は合併によって加須市の一部となっています。

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この騎西町の中心部には一時関東で知名度を誇った『力士』という酒を醸す釜屋という酒蔵がありますが、過去に訪れているのでスルーします。


その郊外の田園地帯の中にある清水酒造を訪れました。

数年ぶりにこの地区に来ましたが、大型ショッピングモールや工業団地化が進んでいてちょっと驚き。

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その一角に、鬱蒼とした屋敷林が残されています。その約3,000坪の敷地に建つ酒蔵、清水酒造があります。この清水酒造の創業は明治7年(1874)で、生産高は約100石と少なく、近年酒通に知られる有名銘柄となっているものの、非常に入手困難なお酒の一つとなっています。

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今回訪れた時も、2種類のお酒しかありませんでした。しかも造っているほとんどが無濾過生酒です。

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『亀甲花菱』
醸造元:清水酒造株式会社
URL:なし
住所:埼玉県北埼玉郡騎西町大字戸室1006
電話:0480-73-1311

続いて羽生市へ。

羽生市は江戸時代に「青縞」という染物で栄えた街。

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その羽生市の西郊外。行田・熊谷市方面へと至る県道沿いに蔵を構える南陽醸造は明治3年(1870)に現在の地で創業しましたが、その10年前の万延元年(1860)に初代、須永亀吉が茨城県古河市で酒造りの修行を積んだ後に独立して酒造りを行った年を蔵の創業年としています。

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酒銘の『南陽』とは、中国魏の時代、文帝(曹操の息子曹丕)の命により長寿をもたらす霊泉探しに南陽県(現・河南省)の山奥に分け入った勅使一行が、700年も時を遡る不思議な童児と遭遇し、霊験あらたかな妙文を使った昔話に由来します。

近年、新しい吟醸酒ブランド『花陽浴(はなあび)』は酒通に知られる人気蔵となっています。酒銘の由来は「太陽の陽ざしをたくさん浴びて大輪の花を咲かそう!」という思いを込めたもの。


『花陽浴』
醸造元:南陽醸造株式会社
URL:http://www.nanyo-jozo.com/
住所:埼玉県羽生市上新郷5951
電話:048-561-0178


蔵の前の道を西へ。


隣の行田市は戦国時代に忍城(おしじょう)の城下町、江戸時代には松平氏忍藩10万石の城下町として栄えた街です。忍城は豊臣秀吉の小田原討伐の際、石田光成による水攻めにも耐えた城として「浮城」の別名もあり、成田家の家臣と農民ら3,000人が立て籠ったこの戦いは2012年に「のぼうの城」として映画化されています。

ちなみにこの行田は、「風が語りかけます。うまい、うますぎる!…」という関東のローカルTVCMで知られる「十万石まんじゅう」ふくさやの本店がある街でもあります。

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行田の中心部に蔵を構える横田酒造は、江戸時代後期の文化2年(1805)の創業。
酒銘の『日本橋』は、近江商人だった横田庄右衛門が江戸・日本橋の酒問屋で修行し、独立する際「初心忘れるべからず」との思いを込めて、自らの修行の地を酒銘にしたそうです。


『日本橋』
醸造元:横田酒造株式会社
URL:http://yokota-shuzou.co.jp/
住所:埼玉県行田市桜町2丁目29-3
電話: 048-556-6111


次は隣の熊谷市を通り越して深谷市へ。

深谷ねぎで知られる深谷市は戦国時代に上杉氏の城下町として始まり、江戸時代には中山道の大宿場町として栄えた街。また渋沢栄一の生まれた地としても知られています。

深谷市の中心部から利根川方面の北郊外に広がる田園地帯の中に蔵を構える丸山酒造へ。

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この蔵の歴史は古く、蔵元が何度か変わっていますが、初めは大豪農・荻野七郎兵衛が江戸時代初期に酒蔵を行ったのが始まりです。その後、近江商人の日野屋与吉が蔵を借りて明治12年まで営業します。酒銘の『金大星正宗』は大相撲の金星にちなみ、造り酒屋として大成する事を願ったもの。

丸山酒造としては、越後国柿崎(現・上越市)出身の初代和吉が群馬県赤岩村で酒・味噌醤油などの醸造蔵「嶋崎屋」を明治6年に創業。明治9年に熊谷の酒蔵を借りて酒造りを行い、明治16年に現在の横瀬村にあった荻野七郎兵衛の酒蔵を買い取り今に至ります。

『織星』は平成13年に生まれた新ブランド。

訪れた日はドラマの撮影中でお休みでした。
また次回足を運んで見ようと思います。


『金大星正宗』
醸造元:丸山酒造株式会社
URL:http://www.maruyamasz.com/
住所:埼玉県深谷市横瀬1323
電話:048-587-2144


続いて深谷市の中心部、かつての宿場町だった中山道へと移動。

ここには近年まで3軒の酒蔵がありました、現在残るのは2軒のみ。
かつての七ッ梅酒造は酒蔵映画館「深谷シネマ」として第2の道を歩んでいます。

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この「深谷シネマ」の東京寄りに蔵を構える藤崎藤三郎商店。

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埼玉県、群馬県、栃木県には新潟出身の越後杜氏が後に独立した酒蔵が多いのですが、この藤崎藤三郎商店もまた、初代創業者が越後の柿崎(現・上越市)の出身の杜氏で、独立創業したのが幕末の嘉永元年(1848)です。酒銘の『東白菊』は関東の東(あずま)、酒の清らかさを白、清酒の香りを菊で表現したもの。

旧中山道の道路拡張で、店舗はセットバックして建て替えられていました。

古い町並みの取り壊しも始まっています。
それでいいのか、深谷!

『東白菊』
醸造元:有限会社 藤崎藤三郎商店
URL:http://fujihashi.fcciweb.jp/item01/index.html
住所:埼玉県深谷市仲町4-10
電話:048-571-0136


さて、「深谷シネマ」を挟んだ高崎寄りにある赤レンガ造りの酒蔵が江戸時代の文久3年(1863)創業の滝澤酒造です。

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 明治20年(1887)に渋沢栄一は、深谷市上敷免に深谷煉瓦製造株式会社を設立。同社では、ドイツから当時最新式のホフマン釜を輸入し、質の高いれんがを生産することに成功。現在の東京駅や赤坂離宮などは、深谷産のれんがでつくられています。滝澤酒造のレンガも同じものが使われています。

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酒銘の『菊泉』は「菊のように香り高く、泉のように清らかな酒」という意味とか。

深谷宿はもう何度も訪れていて、この滝澤酒造のお酒も以前に購入しているので、本日は記念撮影だけ。


『菊泉』
醸造元:滝澤酒造 株式会社
URL: http://homepage3.nifty.com/kikuizumi/
住所:埼玉県深谷市田所町9-20
電話:048-571-0267

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だいぶ日が長くなってきました。
本日廻る酒蔵があと2軒です。


【後編】へ、つづく。



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