いや〜久々の休日。
しかし仕事がらみで読まなければいけない本が何冊か溜まっているので、それらを読破しなければならないのだが…。
自宅じゃ、集中力が…ってか、
「どこかへ行きたい。」
旅したい。
一日だけの日帰りでもいい。
それに鉄道に乗って読書をすると、なぜだか集中できて家で読むよりも何倍も速く読了できる。
不思議だ。
時期的に青春18きっぷは終わっている。
でもたしか、首都圏近郊エリア限定でのトクトクきっぷがあったような。
で調べてみると、これがまた名称変更や中身の小変更が頻繁にコロコロ行われているのだけれど、
『休日おでかけパス』 というものがある。2,670円で差額を出せば特急も新幹線も乗れる。
でも本当に東京近郊だけだけど。
で、どこへ行くか。
そうだ「房総半島」へ行こう。
東京近郊でローカルな風景がたくさん残されているのはやはり半島性か。
いろいろ鉄道に乗り続けていますが、まだ房総半島を横断する小湊鐵道といすみ鉄道には乗った事がない。
車や自転車ではその駅舎には何度も訪れているのだけど…。
朝4:00に起床。
池袋駅に到着したのは5時すぎ。
まだ「みどりの窓口」は開いていない。
なので東京駅に移動。
東京駅の「みどりの窓口」で『休日おでかけパス』 を購入。
総武快速線と内房線を乗り継いで木更津に着いたのは7時すぎ。
普段ならまだ起きて顔を洗っている時間。
ここから盲腸ローカル線の久留里線に乗ります。
木更津7:24発ー上総亀山行き(923D)は新型車両のキハE130形100番台。
JR久留里線は以前に乗っていますが、今回訪れたのは、この新型車両のキハE130形100番台に乗るため。車両自体はJR水郡線を走っているのと同じ系統なのですが、やっぱり乗っておかないと。
JR久留里線は房総半島のJR線では唯一の非電化路線。つまり気動車路線。
以前は関東で最も古い気動車で運行されていましたが、一気に最新型の車両に更新。
この久留里線は、かつて千葉県が道路事情の悪さをカバーするために、県内各地に建設した県営鉄道の一つでした。建設当時は軌間762mmの軽便鉄道でしたが、1922年に制定された改正鉄道敷設法別表第48号の予定線に「千葉県木更津ヨリ久留里、大多喜ヲ経テ大原ニ至ル鉄道」があげられ、翌23年に国へ無償譲渡。鉄道省下の久留里線となり、建設は大日本帝国陸軍鉄道連隊によって行なわれました。
この時線路は1067mmへの改軌が行われ上総亀山まで延伸されたものの、太平洋戦争中に不要不急線として休止され工事は中断。
その後工事が再開される事はなく現在の盲腸線に。
なので、タイトルの房総半島横断1.5の意味は、この久留里線が0.5という事です。
さて、一方で予定線の大原側は、国鉄・木原線(当時は鉄道省・現在のいすみ鉄道)として昭和5年(1930)に開通しました。
ただし、木原線の上総中野と上総亀山間は当時の建設技術では難工事であった為に、コストが見合わず工事は凍結。そして結局内房と外房が繋がる事はありませんでした。
ちなみに小湊鐵道が昭和3年(1928)に五井〜上総中野間を開通させた為、結果的に線路は内房と外房が繋がる事になります。
この区間はこの後に乗る、房総半島横断の1.0の部分です。
久留里線の終点、上総亀山には8:32に到着。
上総亀山駅は久留里線の終着駅ですが、極めて地味で駅周辺も閑散としています。
もっとも、この駅がある場所は標高は99mで房総半島内にあるJRの駅では、最も高所に位置しています。
当初の計画では山間部に位置する中間駅だったわけですから。
折り返し8:48発(928D)に乗って来た道を戻ります。
続いて木更津から内房線に乗って五井に移動。
次は、前述した小湊鐵道といすみ鉄道に乗って房総半島を横断します。
【後編】につづく。
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