さて、西川町にあった設楽酒造(月山酒造)を出発。
今来た道を寒河江まで戻り、慈恩寺大橋を渡って月山酒造(工場)の前を通り国道287号線で西村山郡河北町を目指します。
が、その前にまたジャガーXFについて気がついた事を紹介します。
今日も蒸し暑く、エアコンが欠かせませんが....。
エンジンを入れると(当然エアコンがオンになっているのですが)
エアコンのエアベントが自動で開閉していたのです。
まるで動物のまぶたのように。
ああ、涼しい風が。
グルリと回転して目覚めるギミック。
エンジンもしくはエアコンを切ると自動で閉じてしまいます。
あと、トランクも自動。
リモコンキーのボタンでも開け閉めできます。
何度か間違えて開けてしまった事がありました。
トランクにもボタンがあります。
静か〜に閉まっていきます。
では、閑話休題。
寒河江川の北側にあるので河北町(かほくちょう)。
人口約1万9000人の町で、かつては最上川舟運による内陸地方の米、最上紅花の集散地として栄え、紅花で財を成した豪商の屋敷が今も残り往時の繁栄ぶりを伝えています。
日本の道百選にも選ばれている上工地区を抜ける「ひな市通り」には谷地を代表する細谷家・鈴木家の屋敷が並びます。
また約2kmほど離れた沢畑地区にある堀米家邸は河北町紅花資料館として保存公開されています。
ちなみに河北町は、山形県内で唯一「町」を「ちょう」と読む自治体です。
河北町の中心市街のメインストリートには2軒の酒蔵があります。
江戸時代中期の寛政9年(1797)に創業した和田酒造は、同じ頃から呉服商、石油商など数多くの商売を手掛けていました。しかし和初期から酒造業を専業として今に至ります。
酒銘の『あら玉』は、和歌で歌われる新年の枕詞で、年が”あらたま"るという意味 に由来します。
『あら玉』
醸造元:和田酒造合資会社
URL:http://www.hinanet.ne.jp/~aratama/
住所:山形県西村山郡河北町谷地甲17
電話:0237-72-310
創業:寛政9年(1797)
和田酒造のすぐ先に重厚な佇まいの屋敷が見えてきます。
朝日川酒造は和田酒造よりも約50年ほど遅い、江戸時代後期の嘉永元年(1848年)に創業。
酒銘の『朝日川』は朝日連峰を源に最上川に入る支流、朝日川(西村山郡朝日町を流れる一級河川)に由来します。
最近は特約店と企画した新ブランド『山吹極』も展開。これは上級者向けのお酒と謳われていますが、生もと造りの純米酒の原酒を2〜3年、熟成させた無濾過原酒シリーズです。
『朝日川』
醸造元:朝日川酒造株式会社
URL:http://www.oboshi.co.jp/kuramoto/asahikawa/
住所:山形県西村山郡河北町谷地乙93
電話:0237-72-2022
創業:嘉永元年(1848)
河北町を後に最上川を渡って東根市へと向かいます。
東根市(ひがしねし)は、人口約4万7000人の市。
サクランボの生産量は全国の市町村で1位、温泉の町でもあります。町の玄関口はJR奥羽本線(山形新幹線)のさくらんぼ東根駅です。
東根市と村上市の境界にまたがる六歌仙。
15年ほど前の旅で初めて買ったのが六歌仙のお酒でした。
六歌仙は大きな工場でしたが、昭和47年(1972)に東根市の横尾新酒造店、村山市の高宮酒造と松岡酒造、尾花沢市の丸屋酒造場、大石田町の庄司酒造店が設立した共同瓶詰工場の山形銘醸が前身です。
平成4年(1992)株式会社六歌仙に社名変更。
この『六歌仙』とは『古今和歌集』のの代表的な六人の歌人(僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大友黒主)を指していった言葉です。
『六歌仙』
醸造元:株式会社 六歌仙
URL:http://www.yamagata-rokkasen.co.jp/
住所:山形県東根市温泉町3-17-7
電話:0237-42-2777
創業:昭和47年(1972)
村山市(むらやまし)は人口約2万5000人の市ですが、町の中心部を抜け、再び最上川を越えて北西端の富並地区へと車を走らせます。
ここにあるのは、今や山形のトップブランド。
入手困難なお酒ベスト5に入る『十四代』の高木酒造です。
もともとは地元向けの『朝日鷹』というお酒を造っていました。
『十四代』という新ブランドで直接東京に打って出始めた頃に一度来たことがあります。
その頃は小さな、少し寂れた「酒造場」といった感じでしたが、久々に訪れて驚きました。
「なんという事でしょう」めちゃくちゃ近代的な大きな酒蔵になっていました。
しかも敷地内には伝統的な佇まいの数寄屋造りの古民家や屋敷、煉瓦造りの煙突など、あれ?前からあったっけ?と思わせるような立派な施設が田園地帯の小さな集落の中に鎮座していたのです。
高木家の先祖は京都の公家だったそうです。それが応仁の乱で負け東北のこの地まで落ち延びたといいます。戦前までは「高木山」とよばれる山林、森林、田畑すべてを所有し林業も営んでいた旧家だったのです。
現在でも酒蔵だけで3500坪を有しています。
う〜ん、前来た時は、まったく気がつかなかったな〜。
『十四代』
醸造元:高木酒造株式会社
URL:なし
住所:山形県村山市富並1826
電話:0237-57-2131
創業:元和元年(1615)
次ぎは本日最後、最上地方最後の酒蔵。
最上郡大蔵村(おおくらむら)にある小屋酒造です。
あまり聞かない酒蔵でしたが、調べるとなかなか元気な蔵ではないですか。
特約店向けのお酒も数多く造っています。
日がだいぶ落ちてきましたが、急いで向かいます。
ナビは新庄市を経由する、ひたすら国道を走る安全ルートを提示してきましたが、せっかくなので最上川に平行して走る細い県道で行くことにしました。
その方が旅らしいし、景色もいいし、ショートカットにもなるので。
これが大正解!!
道もそれほど悪くはないし、交通量は皆無。
自然の風景や集落の景色が心を癒やしてくれる。
快走、快走!!
予定よりも早く大蔵村に到着。
古くより湯治場として人気のある肘折温泉や霊峰月山の登山口でもある大蔵村は人口約4000人の村です。
その中心部である清水地区は、かつて最上川舟運の河港として大きな規模を誇り、中世には清水港の対岸に「清水城」が築かれ、最上地方南部における政治経済の中心地として栄えた町でした。
『花羽陽』を醸す小屋酒造は参勤交代の大名や江戸幕府の巡見使が宿泊する本陣も務めた旧家で、最上川舟運業も行い、庄屋や問屋の他、米沢藩御手船の請負差配役も勤めていたそうです。
現在は少量生産の小さな蔵ですが、徐々に県外にその名が知られるようになってきています。
注目の酒蔵でした。
『花羽陽』
醸造元:株式会社小屋酒造
URL:なし
住所:山形県最上郡大蔵村大字清水2591
電話:0233-75-2001
創業:文禄2年(1593)
さて、あとは本日泊まる宿の問題が残されています。
一日目にしてまさかの達成率。
明日は庄内地方の酒蔵をゆっくり?と回れるかも知れません。
日が落ち、雨が降ってきました。
なんか今日は海の幸が食べたい気分なので、少し距離はありますが日本海に面したJRあつみ温泉駅近くにあるビジネス旅館「三国屋旅館」にしようと、電話をしました。
宿の一階にこの宿が経営している寿司屋があるのです。
この三国屋旅館は電車旅で2度利用していて、いつも当日の直前に電話をして泊めさせてもらっていたのですが。
まさかの満室。
やばい。
と、すると鶴岡市内か酒田市内のビジネスホテルに泊まるしか...。
一泊素泊まり六千円以上は覚悟が必要だ。
しかも、ホテルはやだな、旅館がいいな。
ふと、そこで鉄道旅での勘がはたらきました。
そうだ、とりあえず余目に行ってみよう。
羽越本線と陸羽西線の接続駅。
交通の要衝。
きっと宿がある。
丁度そろそろ余目市街がその先に出てくる。
余目駅到着。
ありましたね、旅館が何軒か。
しかも、みな良い感じの商人宿・ビジネス旅館ではないですか。
駅前には「余目ホテル」という古民家風の宿がある。
でも、ちょっと高そう。かも。
で、その先にある旅館の前に車を止めて急な電話をしてみました。
が、全て満室。
恐るべきお盆連休。
と、言うことで最後の手段「余目ホテル」に電話。
「素泊まりならいいですよ」
「おいくらくらいですか?」
「税込みで4,320円です」
おお、リーズナブル。
最初から電話をしてけば良かった!!
大正6年創業の老舗旅館です。
歴史を感じる雰囲気の良い宿です。
立派な和室です。
しかも、無線LANも飛んでいます。
座卓の上にさりげなく、SSIDとパスワードが置いてありました。(涙)
翌朝は5時には宿を出発するので、先に会計を済ませ、夜の余目の町に繰り出したのであった。
なんか、思った以上に良い旅になってきたぞ。
第七話につづく...
山形の酒蔵。各蔵の地酒の紹介と感想はこちら「一路一会のぶらり、地酒日記」。
この記事はあなたのの役に立ちましたでしょうか?
よろしけれは、ポチッと応援をお願いします。
↓ ↓


