2011年03月13日

東北地方太平洋沖地震から「東日本大震災」へ

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[陸前高田の町並み・2005年]

地震そのものはひとまず落ちついたような感じですが、今日も余震が続いています。

しかし、近日中に首都圏でマグニチュード7.5クラスの地震が発生するらしいです。

なんだか、今世紀最大規模の大震災に発展しそうな様相です。

住民を町ごと飲み込んで、全てを消失させた津波の恐ろしさを今回初めて知りました。
今まで、地震が起きた時の「津波注意報」は、あまり実感が湧かず、「おまけ」のようなものと認識していましたが、今回その認識が大きく覆され、衝撃を受けました。
ふだん海岸線で見ている「波」とは全く別のもの。海そのものが大きく立ち上がって移動する。「風の谷のナウシカ」の粘菌のように地表の町を飲み込んで進む、その姿に驚愕しました。

おそらく、今回の震災の犠牲者数は数万人に達することは確実になってきました。
さらに、原子力発電所の事故と核被爆者数も日本国内では過去最大。

SF震災映画に匹敵する事象が次から次へと現実に起こっているのです。

震災の名称が「東北地方太平洋沖地震」から

「東北関東大震災」そして

「東日本大震災」へと何度も改名が行われているのか、民放各局が勝手に命名しているのかは分かりませんが、どうやらこの名称に落ちつきそうです。

毎度の事ながら、マスコミの過剰な大騒ぎで、被災地から遠い地に住んでいる者にはリアリティーが涌かず、そろそろ飽きが出始めています。新しい映像ネタもなく、テレビも収束へ向けてダイジェスト版に切り替えつつあります。
これが、ある意味で現在の情報統制の一つなのかも知れません。

中東の独裁国家のように、情報を隠すのでは無く、情報の洪水によってその価値や重みを軽くする。そして交通事故のように忘れ去られる。

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[気仙沼の町並み・2005年]

三陸はその名の響きやリアス式の美しい入江の風景に豊富な海の幸と、私にとっても非常に好きな「場所」の一つでした。
戦災をまぬがれた昭和の町並みが多く残り、または巨大な製鉄産業の遺構など、なんども訪れた場所でもあります。
市街地が焼失した陸前高田の映像で何度も映し出される、海岸線に残ったホテルの横には「道の駅」があり、ここで何度も車中泊をした記憶がよみがえってきます。

気仙沼の酒蔵、そして人口の6割、1万人もの人命が水泡に消えた南三陸町の旧志津川もまた、思い出深い町の一つでした。

思い出の記憶の数々が、まるでナイフでえぐり取られたかのように、この世から一瞬にして消えてしまう。これははたして現実の事なのでしょうか?もしかしたら、もっと大きな出来事のカウントダウンが始まっているのかも知れません。

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[南三陸町・志津川の町並み・2005年]

明日から、首都圏でも計画停電の一つ「輪番停電」が行われる可能性が高くなりました。
今もニュースでそのスケジュールが発表されています。
21世紀の日本で、まさかこのような事が起こるとは。

夢ではなく、現実です。そして明日からはまた”リアル”な就労の日々が、多少のハプニングを交えながらも、淡々とやってきては、過ぎ去っていくのです。

最後に、被災地の皆様方には心よりお見舞い申し上げます。
そしてお亡くなりになられた方々にも心よりご冥福をお祈りいたします。

明日は我が身かもしれませんが、それにしても激動の時代を生きているのかもと、この10数年つくづく思います。

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posted by 太泉八雲 at 21:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 出来事・雑記
この記事へのコメント
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したくてしたくてしかたありません。。
Posted by ヒクヒクしちゃう〜 at 2011年03月26日 00:55
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