2011年04月18日

ぶらり、ORi BikeM10で川越輪行ポタ

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だいぶ暖かくなってきたせいでしょうか?

日照時間もかなり長くなってきました。
朝の5時台にはもう明るくなってきています。
この時間帯に走るのは本当に気持ちが良いですね。

と、いう事でここのところ早朝のちょいポタが増えてきました。

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日曜日という事もあって、電気の供給量は3,700万kw台になっていますが、消費量も半分くらいしかありません。

なのに、東京の私鉄は相変わらず、空調を切り、室内灯も消して走っています。
まるで戦時体制のような雰囲気ですが、電気は今のところ余っているので、昨今の変な自粛便乗の「演出」に非常な違和感を感じます。

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さて。今朝も6時前に家を出て、最寄り駅まで自転車で走り、駅で自転車を畳んで輪行ポタを始めます。

めざすは、小京都「川越」。

東京近郊に残された、重厚な土蔵造り商家の町並みが残る町です。

川越へのアクセスは、西武鉄道新宿線、東武鉄道東上線、JR川越線の3ルートがあります。JR川越線はローカル線ですが、埼京線に相互乗り入れをしているので、都心から一本でアクセスできます。

今朝の往路はひさびさの東武東上線を利用しました。

東武鉄道は普段あまり乗りませんが、非常に地味な印象の私鉄です。しかし、実は関東地方最大の規模を誇る私鉄なのですね。地味に感じるのは列車がみな古く感じる事と、カラーリングもあるでしょうか?

名前が似ている西武鉄道は新型車両の投入ラッシュが続いていますが、まだまだ古い車両も走っています。でもカラーリングで古さを感じさせないところがありますね。もっとも「メンテナンスの西武」と言われるだけあり、車齢を感じさせないほど非常に改修の手が加えられています。

そんな東武鉄道も、最近になって50000系という新型車両への更新が始まりました。今風のアルミ車両です。見た感じでは日立製作所の「A-train」ではないかと思っていましたが、調べてみるとはたしてその通りでした。

まあ、「A-train」という言葉がぱっと浮かぶというのは、私太泉八雲もだいぶ「鉄分」が増えてきたようですね。

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さて、東武東上線の場合、川越市の表玄関は「川越駅」ですが、古い町並みが残る「仲町・幸町・元町」地区へは、隣の「川越市駅」の方が少しだけ近いのです。西武線の「本川越駅」もこちら寄りにあります。

あと駅自体が小さいので、輪行の場合は主要駅よりも歩く距離も少なくて都合がよいのです。

駅から町並み地区へは約1kmほど。今日のようなちょいポタにはやはり軽くて小さいORiBikeが一番。慣れてくると、折り畳み&展開もFretta(BD-1)より楽ですね。

時刻はまだ7時前。昨今の自粛ムードも影響していると思いますが、町並み地区に人通りはまるでありませんね。まあ、ほとんどのお店や施設も閉まっている時間帯ですが、観光客が大挙して押し寄せてくるような観光地の場合、逆に今のような時間帯を狙ってくる「通」な旅人も多いのですが。

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思えば、川越に足を運んだのは過去2回。最後に訪れた時から5年も経っているのです。しかし、相変わらず川越の町並みは立派ですね。重厚です。

川越は江戸北部の防衛ラインとして重要視され、幕府の重臣が配されてきた城下町ですが、度々大火で町を焼失しています。
「知恵伊豆」と呼ばれた松平伊豆守による復興の際に、防火に強い町造りが進められ、表通りの建物は木部をすべて漆喰で覆い込んだ「土蔵造り」で建てられたのです。

漆喰は倉敷をはじめ全国各地に残る「白壁」の町並みのように、本来は白いものですが、実は漆喰は耐火性はあるものの、水には弱い性質も持っています。つまり風雨にさらされ続けていると劣化が激しいのです。そこで、川越の商家は漆喰に防水性を持たせるために「松脂」を混ぜ込んでラッカーのような仕上がりにしました。これを「黒ノロ」と呼び、今に残る黒漆喰の重厚な町並みとなったのです。

そんな立派な町並みが残る川越は、早くから国の重要伝統的建造物保存地区に指定され、年間400万人もの観光客が訪れる町でもありますが、実は意外な悲鳴を上げて町並みの存続にかかわる問題を抱えているのです。
都心から1時間ほどでアクセスできる環境にあるため、ほとんどお金が落とされない。つまり「見て終わり」となってしまうのですね。

「日帰り」はもちろん「飲食」もここでする必要はないし、「お土産」を買うほどでも無い。400万人もの観光客が「素通り」に近い状態になっているため、町並みの保存費用が捻出できないというのです。大手のコンビニチェーンですらこの地区から撤退しましたので、それほど深刻な問題です。

一人でも多くの観光客誘致に奔走する地方の町村から見ると、400万人という数字は夢のような桁ですが、集客イコール収入には必ずしもならないという点を十分に認識した上で、いろいろな「仕込み」を観光整備の中に何重にも盛り込んでいかないと、意図したものとは別のところに着陸してしまう事になります。観光整備のむずかしさをつくづく感じさせる町でした。


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posted by 太泉八雲 at 07:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ぶらり、輪行やポタリング
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