2014年05月01日

ぶらり、メルセデスベンツ A180で栃木と茨城の酒蔵を廻ってきた【中編その2】

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メルセデスベンツA180に乗って那須地域の酒蔵を廻っています。

いよいよ大田原市に入ります。

大田原は中世から那須地域における政治経済の中心地として栄えた城下町で、近世には奥州道中の酒場町でもありました。
城下町特有の狭い路や鍵形などが市内に残されていますが、古い町並みはほとんど見られません。また区画整理も進んでいて城下町の遺構は少しずつ失われ続けています。

酒蔵も数多くあったそうですが、現在は中心市街に1軒。

残りは郊外の田園地帯や諸街道沿いに数軒あります。

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一番下のグレードですがタイヤは225/45R17です。
スポーツハッチバックをコンセプトにしている新型Aクラスですが、走りはそれほどスポーティーではありません。

っていうか出だしは思いっきりトロいです。はい。

信じられないもたつき感。
ギア比の問題か?

走り出して速度が乗って来ると、まったくストレスフリーに走ってくれるのですが、出だしだけが悪いです。

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メルセデスベンツはマルチファンクションコントローラーの使い勝手が今ひとつです。
カチカチとリングの操作感は良いのですが、カーソル移動や各種設定へのジャンプなど、実際の使い勝手に詰めの甘さが見られます。

この辺の操作感は国産車特にトヨタはさすがって感じですね。
まあ、レクサスはあまり興味はありませんが。

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でも、テンキーがあるので目的地設定の電話番号入力は早くて楽で正確です。
これは本当にいいですね。

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後付けっぽいけど純正ナビ。でもタブレットみたいな質感の高いデザインです。
さすがメルセデスのこだわり。ボルボとかBMWは結構地味だったりします。


さて、大田原市は平成の大合併で隣接する那須郡の湯津上村と黒羽町を合併して市域が広くなり、酒蔵の数も明治40年(1907)創業の池島酒造株式会社、明治14年(1881)鳳鸞酒造株式会社、明治4年(1871)創業の株式会社平山酒造店、それに(旧)黒羽町で明治25年(1892)創業の渡邉酒造株式会社、(旧)湯津上村の2軒、大正3年(1914)創業の天鷹酒造株式会社と慶応2年(1866)創業の菊の里酒造株式会社があります。

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まず国道4号線沿いに建つ池島酒造株式会社へ。
交通量が多い上に、歩道がガードレールで仕切られているため店の前に駐車することはできず、少し離れた一本入った道に駐車。

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明治40年(1907)創業の池島酒造は越後杜氏として栃木と茨城の酒蔵で酒造りをしていた池嶋仙之丞(せんのじょう)氏が、当時売りに出されていた大田原の酒蔵を手に入れ独立。創業当時の屋号は「広瀬屋」といい酒銘は「池泉」でしたが、「池泉」の商標はすでに他社が登録していたため、大正14年に現在の酒名である「池錦」に改めます。

「池錦」池島酒造株式会社
栃木県大田原市下石上1227
0287-29-0011


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続いて太田市の中心部に蔵を構える鳳鸞酒造。少し老朽化の激しい社屋で人影も見えず廃業しているような印象でしたが、思いっきり現役です。日本酒以外にもリキュールやワインを醸造し、今はワインが日本酒を大きく抜いています。栃木県の酒蔵は近江出身者が多いのですが、鳳鸞酒造の創業者・脇村宗吉もその一人。
明治14年(1881)に大田原で創業し、当時の酒銘はまさに「琵琶湖」でしたが、2度の移転を経て、現在の蔵で「鳳鸞」の酒銘となります。


「鳳鸞」鳳鸞酒造株式会社
栃木県大田原市住吉町1-1-28
0287-22-2239


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太田市の北郊外に「藤の盛」という銘のお酒を造る平山酒造店という蔵があります。早くから自醸はしておらず、瓶詰めだけ行っている話しを聞きましたが、雑木林に囲まれた酒蔵は老朽化が激しく荒廃しています。
門柱から社名も外されていました。今はどうも瓶詰すら行っていないような雰囲気。そしていつの間にか栃木県酒造組合のHPからも名前が消えていました。

「藤の盛」株式会社平山酒造店
栃木県大田原市羽田1136
0287-23-1331



大田原市の旧市域から那珂川を越えて(旧)黒羽町に入ります。
なつかしいですね。この町も何度か来た事があります。

わずかですが、古い町並みが残されています。

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平成の大合併で2005年に大田原市に編入された旧・那須郡黒羽町は、那珂川上流の終点河岸として奥州諸藩の諸産物・廻米の集積地としてなり発展。また奥州防衛の要衝として重要視され江戸時代には黒羽藩1万8000石の城下町でもありました。さらに松尾芭蕉が奥の細道の旅の中で最も多い14日間も滞在して数々の句を残した地でもあることから「芭蕉の里」とも言われています。

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その黒羽町の中心部から離れた須佐木という郊外の小さな集落に「旭興」という銘のお酒を醸す渡邊酒造という小さな蔵があります。那珂川町で蔵を間借りして酒造りを行っていた新潟県出身の初代が、明治25年(1892)にこの地で蔵を得て独立。「旭興」はこのときに「朝日(旭)が昇る東の地で興した」という意味で命名されました。現在の年間石数は約700石。そのほとんどが地元地域で消費され県内・県外共に目にする事が出来ない、知る人ぞ知る稀少なお酒のようです。

「旭興」渡邉酒造株式会社
栃木県大田原市須佐木797-1
0287-57-0107


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(旧)那須郡湯津上村は、那珂川とその支流、箒川、蛇尾川に囲まれた三角の地形で、鮎釣の名所として知られますが、古来より那須郡の中でも農業や稲作が盛んな地で古代遺跡も多く残ります。この湯津上村地区には2軒の酒蔵があります。

旧陸羽街道が村を南北に走りますが、村内で分岐して太田原市に至る国道400号線沿道に2軒の蔵はあります。

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国道沿いに蔵を構える天鷹酒造の創業は大正3年(1914)年で、東京で問屋業を営んでいた初代がこの地に進出して起こした「尾崎商店酒造部」がその前身です。甘口酒全盛の時代から辛口のお酒を造り続ける蔵で、辛口でありながらも旨味のある酒をめざし、また近年では原料に有機米や有機麹を使用し。酒蔵自体が有機JAS認定事業者の資格を有するなど、独自性を求めて邁進している蔵です。

「天鷹」天鷹酒造株式会社
栃木県大田原市蛭畑2166
0287-98-2107


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天鷹酒造から車で約10分。田園地帯の中に蔵を構える菊の里酒造は慶応2年(1866)創業の古い酒蔵です。家族経営の小さな酒蔵で年間生産量は年間わずか300石。しかし、「大いなる那須の大地」を意味する新ブランド「大那」は首都圏でも人気の地酒となっています。

「菊の里」「大那」菊の里酒造株式会社
栃木県大田原市片府田302
0287-98-3477


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出だしが今ひとつなA180ですが、足まわりはさすが!!と唸る造りですね。
もう、しっかりと地面を4輪が捉え、走りも乗り心地も素晴らしいの一言。


再び国道294号線・旧陸羽街道にもどって南下していきます。




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